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雑司が谷の子供たち

この町に引っ越して来たのは2007年の9月。もう住んで5年以上になるんだけれど、僕は、心底この町は子育てには最高の環境だと思っている。

なにより、古い江戸の街区割がのこる木密の町並みは、災害に弱いまちなんていう事をのたまうアホな専門家がいるが、そういうことではない。防災面で強いとか弱いとかいうのは建物や道路幅などのハードなインフラによって決まるのではなく、その町に住んでいる人達のコミュニティとか防災への意識とかによって形成された目に見えないまちのポテンシャルだから、外から来た専門家が住んでもいないのに無責任な事を言うのに心底腹が立ってします。いや、今回はまちなみの話でも防災の話でもなく、子育ての話。

そう、そういうコミュニティとまちのポテンシャルの高さが、この町を子育ての町たらしめていると思う。古い路地の商店で出会うお店の人が、子供に声をかけてくれたり、近所のおばあさんやおじいさんが子供の面倒を見てくれたり。多分、我が国のほとんどの都市部で失われてしまった、地域で子育てをするという昔存在した、地域社会の役割をまだすこしだけこの町は保持している。

鬼子母神や聖母マリアに守られてるっていうある種の霊的な作用もきっと働いていると思う。僕はそういう霊的なものを信じている。信じているというか科学の確かさも人の能力も信じていて、霊的な現象は僕たちの科学がまだ到達しない領域の現象であり、人間の失われた能力の一時的な覚醒だとも思ってる。話がそれすぎるので、元に戻す。

で、雑司が谷のこのエリアがそういう、子育てのまちだとして、じゃあ、この町の子供達の数はいったいどうなっているんだろうと思って、学生と一緒に調べてみた。奥さんと始めた雑司が谷コンシエルジュというまちの情報発信サイトにも掲載しようと思っているけど、途中の経過が下のグラフ。

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僕が雑司が谷エリアって呼んでいる、雑司が谷駅から歩いていける徒歩圏内のエリアの若年人口は増えているんだけれど、雑司が谷町のそれは減ってる。僕はこれは子育てを始める世代がこの小さな町内に流入していないのが原因ではないかと見ている。それはまぎれも無く住宅問題。この世代が住める適当な住居が少ない事が原因なんじゃないか。あれだけの木造家屋の密集地。使われていない空き屋も多いから、これを上手く使って外から人を入れたら、もっと商業やサービスも増えて、住みやすいまちになるはずだ。なので今年はそっちのリサーチも進めようと思う。