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雑司が谷の子供たち

2013/01/28|個別ページ

この町に引っ越して来たのは2007年の9月。もう住んで5年以上になるんだけれど、僕は、心底この町は子育てには最高の環境だと思っている。

なにより、古い江戸の街区割がのこる木密の町並みは、災害に弱いまちなんていう事をのたまうアホな専門家がいるが、そういうことではない。防災面で強いとか弱いとかいうのは建物や道路幅などのハードなインフラによって決まるのではなく、その町に住んでいる人達のコミュニティとか防災への意識とかによって形成された目に見えないまちのポテンシャルだから、外から来た専門家が住んでもいないのに無責任な事を言うのに心底腹が立ってします。いや、今回はまちなみの話でも防災の話でもなく、子育ての話。

そう、そういうコミュニティとまちのポテンシャルの高さが、この町を子育ての町たらしめていると思う。古い路地の商店で出会うお店の人が、子供に声をかけてくれたり、近所のおばあさんやおじいさんが子供の面倒を見てくれたり。多分、我が国のほとんどの都市部で失われてしまった、地域で子育てをするという昔存在した、地域社会の役割をまだすこしだけこの町は保持している。

鬼子母神や聖母マリアに守られてるっていうある種の霊的な作用もきっと働いていると思う。僕はそういう霊的なものを信じている。信じているというか科学の確かさも人の能力も信じていて、霊的な現象は僕たちの科学がまだ到達しない領域の現象であり、人間の失われた能力の一時的な覚醒だとも思ってる。話がそれすぎるので、元に戻す。

で、雑司が谷のこのエリアがそういう、子育てのまちだとして、じゃあ、この町の子供達の数はいったいどうなっているんだろうと思って、学生と一緒に調べてみた。奥さんと始めた雑司が谷コンシエルジュというまちの情報発信サイトにも掲載しようと思っているけど、途中の経過が下のグラフ。

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僕が雑司が谷エリアって呼んでいる、雑司が谷駅から歩いていける徒歩圏内のエリアの若年人口は増えているんだけれど、雑司が谷町のそれは減ってる。僕はこれは子育てを始める世代がこの小さな町内に流入していないのが原因ではないかと見ている。それはまぎれも無く住宅問題。この世代が住める適当な住居が少ない事が原因なんじゃないか。あれだけの木造家屋の密集地。使われていない空き屋も多いから、これを上手く使って外から人を入れたら、もっと商業やサービスも増えて、住みやすいまちになるはずだ。なので今年はそっちのリサーチも進めようと思う。

事務作業を事務所でやらない

2013/01/22|個別ページ

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昨年8月に奥さんが雑司が谷でサンドイッチ屋を始めました。
「あぶくり」という店で、サンドイッチとコーヒーのお店として、お昼からワインも出しながら町の人達が集まれる場所になってきました。

とは言いつつも、午前の早い時間帯や午後のランチの後なんかは、すこしお客さんの少ない時間帯があったりするので、僕は本来事務所でやるべき事務作業を奥さんの店に資料を持って来てやっています。

多分、僕の周りの多くのかたもそうだと思いますが、会社のデスクにずっと座って作業をしているなんて働き方の人はもう少なくって、ノマドワーカーというのか、まちに出て、まち全体をオフィスみたいにしてどこでいても仕事のできるツールやテクノロジーを駆使して働いている人みたいに、僕も事務所の椅子に座ってるっているってことがあまりありません。というか、事務所には僕のデスクというものが、そもそもありません。社長が社長椅子みたいなのに座ってる会社は危険だと思うので、僕は、打合せスペースの中の一番寒くて居心地の悪い席で仕事をしている事が多いです。

そんなことなので、居心地の良いあぶくりのこのテーブルでの作業ははかどるし生産性が非常に高い。WiFiもあるし、プリントアウトだって出来る。

なんか宣伝みたいになってしまいましたけど、みなさんも池袋とか目白界隈で持て余したら、ちょっとだけ歩いて雑司が谷にどうぞ。散歩しながら雑司が谷。そしてあぶくりで空いた時間にアイデアを出すの。結構良い時間です。

事務作業を事務所でやらない。だったらもう事務所じゃないなと思いました。

らいおん建築、なんだろう。 らいおん建築プレイグラウンドみたいな感じが良いなと常々思っています。

第4回リノベーションスクール@北九州

2013/01/19|個別ページ

初回から嶋田がユニットマスターをつとめているリノベーションスクール@北九州の4回目が開催されます。日時は3月21日〜3月24日の4日間。その準備会議が小倉で開催されて、出席してきました。

リノベーションスクールはまちの中の実際の遊休不動産を対象にして、利用の構想と事業の提案を行なうプロジェクトベースドラーニングのスクールです。1ユニット12名程度のチームで、一つの建物の再生提案を行ないます。

今回は魚町サンロード商店街に物件を集中させて、サンロードに大きなインパクトを与えようという試みです。魚町サンロードは昨年度からみかんぐで神奈川大学教授の曽我部昌史さんと一緒に老朽化しつつあるアーケードの撤去計画に向けた調査研究も行なわれていて、昨年12月の火災によって被害を受けたメルカート三番街の復興も進んでいます。悪いニュースもありましたが、前向きに魚町サンロード商店街の新しい未来を、みかんぐみの曽我部さんや、ユニットマスターであるリノベーションアーキテクトのみなさん、受講生のみんなと一緒に考えたいと思います。

リノベーションスクールの概要はこちら

まちづくり、建築や都市の再生に興味のある方、不動産関係者、建築関係者、建築のデザインなどを学んでいる学生さん、衝撃の4日間を是非体験してほしいです。

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謹賀新年

2013/01/01|個別ページ

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謹んで新年のお喜びを申し上げます

皆さまのご健勝とご多幸をお祈りいたします。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年らいおん建築事務所は、創業5周年を迎えます。
10月に5周年記念パーティーを開催するのを目標に、よりいっそうみなさまのお役に立てるようにがんばってまいります!

 

仕事納め

2012/12/29|個別ページ

今年も残すところあと2日となった。
今年は4月に事務所を法人化した。その時に三浦さんという司法書士と山内さんという会計士のお二人にすこしお手伝いをしてもらった。

三浦さんは、僕の下の娘の保育園のお友達のお母さんで、3年前にご自身で司法書士事務所を開設した働くお母さんだ。同じ雑司が谷に住む子育て世代として、公私にわたるお付き合いをさせていただいている。

山内さんは昨年の横浜トリエンナーレの期間中の関内外OPEN!で、僕が馬車道の宇徳ビルヨンカイのオープンスタジオに居た時に、たまたま訊ねて来たに「アーツ・アンド・ロー」のメンバーのお一人、クリエイターの為の法務や税務を側面から支援するというその団体のコンセプトがかっこ良くて、山内さんに事務所の顧問をお願いした。

二人とも元気の良い女性なのである。

とにかく、特に念願だったわけではないのだけれど、いつかはやるだろうと思っていた事がたまたま今年だったということで、晴れてらいおん建築事務所は小さな小さな株式会社になった。

もう三年来のおつきあいである中屋興産中屋ビルでは、四月にポポラート三番街がオープンした。40人いた作家のコミュニティは70人を突破して現在も増殖中。残念ながら先日起きてしまったメルカート三番街の隣家からの火災被害には地元の若い人達のコミュニティが大きくつながりを見せて、入居者たちの復興への歯車を大きくまわし始めた。入居者の「またここで再開したい」とう思いに、僕は全力でそのお手伝いをしたいと思う。

北九州では2月と8月に2回のリノベーションスクールを開催した。まちをダイナミックに動かすための方法を、清水さんと一緒に沢山の協力してくれた人たちと一緒に探った。その中から、2つの実際の建物がリノベーションされて、魚町の中で若い人達のコミュニティの拠点として機能し始めた。

そして、地元の北九州で、会社を1こつくった。北九州家守舎。行きがかり上、僕が代表を務める事になった魚町のまちづくり会社は、ビルオーナーの方々の期待を背負って離陸した。来年はもっと発展的に事業を安定させていかなければならない。

一昨年、理事と委員長を仰せつかった一般社団法人HEAD研究会のフロンティアTFでは、東京大学の松村秀一先生の「七つの予言」をベースにした「七つの予言、その先の建築」という、連続シンポジウムを企画、3回開催した。大変革期にある建築を取り巻く産業の今後について、フロントランナーをお招きし、沢山の若い人達と一緒に楽しく考えた。最終回は来年3月8日。

そして、なによりも奥さんが3月に会社を辞めた。理由は様々あったけど、またいろいろハードルはあったけど、8月にあぶくりというサンドイッチ屋をでオープンさせた。6月7月と、あぶくりオープンの準備に走り回った夏だった。8月オープン以来、沢山のお客さんにお越しいただいている。

熱海のまちづくり会社のカフェオープンのお手伝いに、釜石の復興まちづくりのお手伝い。魚町のプロジェクトを通じて知り合った方々から、他地域での実践のお手伝いをさせていただくという幸せな機会にも恵まれた。

それから、9月頃から、事務所の進む方向性を考えるようになった。

建築の設計事務所のモデルに対する僕の固定概念をとっぱらったところで、どうやったらよりクリエイティブに、高いコミュニケーションを実現できるか、外部の人と一緒に考える機会をなんどか持った。

さて、来年、らいおん建築事務所で新しい事を始めようと思う。
うまく言えないけれど、(建築じゃなくて)建物を、今、僕らの目の前に横たわっている沢山の建物をどうするかを考えるのに、もう建築的な思考回路だけでは解決できない問題の方が多くなってきてるという実感と、それに取り組むにはどうずれば良いのかと、おぼろげながらも視界が開けて来たようにも思っていて、そのために「株式会社らいおん建築事務所」が目指すべき組織としての方向性に、一つの仮説を立ててみた。僕が考えていた「建築とその周辺」の、その周辺と全然違うその周辺でないと思われていたその周辺を巻き込んでちょっと新しい事考えてみようと思う。

もしかしたら逆に、これまでよりどころにしていた「建築」という思考の枠組みさえも取っ払ってやっていけたら、高く飛べるかもしれないな、って思ってる。
ハードはもう決着がついている。上手にやれるかどうかはわからないけど、いつだって僕は考えるより先に行動してきたし、今回も地雷を沢山踏みながらも、前に進んでいけたらと思う。

今日、3日間、急性腸炎で入院していた奥さんが退院した。そろそろ娘達を迎えに行こう。

今年は大変お世話になりました。良い年をお迎えください。

全国賃貸住宅新聞に掲載

2012/12/21|個別ページ

全国賃貸住宅新聞の11月26日版に掲載されました。

榎本編集長からインタビューを受けまして、北九州市小倉北区魚町の中屋ビルの再生についてお話をしました。メルカート三番街とポポラート三番街の事を主にお話ししています。嶋田洋平社長と呼ばれるのにいささか抵抗を感じないわけではないのですが、魚町での取り組みを分かりやすく紹介していただきました。ありがとうございました。

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対岸の火事/ギャラリーエレベーターペピン結構設計演劇公演

2012/12/16|個別ページ

小倉魚町のビルと商店街を使って行われる演劇。ギャラリーエレベーターペピン結構設計演劇公演。今日、初日を迎えました。

対岸の火事

もちろん一言で言えないんだけど、本当に最高でした。

演劇には、ここまで建物やまちを外に開く力があるのかと思いました。

ネタバレになってしまいますから、具体的な事は書きませんが、まちや建物には歴史があって、もちろん人にも思い出や思いがあって、普段そういうことは意識せずに僕らはまちで暮らしているんですが、一枚めくってみたらそういう思いやいろんなものがうごめいている得体の知れない欲望の固まりみたいなのがまちの本質であり、まちはその舞台であり、そういう当たり前の事をペピン結構設計の人達は演劇という手法を通じて僕たちに示してくれたと思いました。さらに、もしかしたら起こりえるかもしれない30年先の未来まで描いてみせてくれたのです。

そして、魚町には「空間」がたくさんあるという事をペピン結構設計の人達は僕らにスマートに面白おかしく本当に鮮やかに描いてみせてくれたのでした。

中屋ビルの屋上に立って、満月をバックにそびえたつ避雷針の鉄塔を目にした時に、このまちの持っている空間資源のすばらしさを改めて認識できました。振り返ると大きな空とクロスロードのカラフルな駐車場のとなりにひっそりたってるワシントンビルの屋上のお稲荷さん。こんなまち、日本中のどこ探しても他に無いよ。

まだの方、絶対に観た方がいいです。お仕事お忙しいでしょう。家族とのご予定もあるでしょう。でもそういうのちょっとブっちぎってでもこの演劇は観てほしいなと素直に思いました。

最後に、演劇の最後に配られた脚本家石神夏希さんの「魚町の父」泣けました。
僕は懇親会の鳥松の喧噪の中で、あれ読んでほんとに涙がでてきました。(恥ずかしいから隠してましたが)

この演劇は中屋興産三番街事業部と魚町の旦那衆から、まちの人達へのちょっと早いクリスマスプレゼントだなって思いました。

雑司が谷コンシエルジュ

2012/12/16|個別ページ

奥さんの店、あぶくりで「ワイガヤ雑司が谷」という集まりをやっている。
雑司が谷に暮らすライフスタイルみたいなのを、すこしお酒でも飲みながらみんなで話し合おうという非常にカジュアルな会なのだ。東洋大学大学院公民連携の清水義次先生のゼミの方々と一緒にまちの住民の方々が毎回すこしづつ顔ぶれを変えて参加してくれる。その中で小さくてもいいのでこのエリアのいろんな情報が一覧できるメディアがあったらどうだろうという話になり、雑司が谷コンシエルジュと名付けてウェブサイトを作ってみた。これから少しずつ育っていったらいいなと思う。

雑司が谷コンシエルジュ

 
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