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らいおん建築事務所 らいおん建築事務所

《 Renovation Interview 》マーブルグラフィックのアトリエ跡で、趣味仲間と集う憩いのマルカフェ

3両編成のローカルな電車が走る、東急池上線・御嶽山駅。その小さな駅からほどなく歩いたところに、そっと佇む白い家があります。「ATLIER MIURA」と書かれたドアを開けた先にあるのは、週末だけオープンするマルカフェ。大きな窓から、裏手にある御嶽神社の木漏れ日が静かに差し込む大人のカフェです。10年前この建物に惚れ込んでから、リノベーションを経て現在に至るまでを、オーナーの、通称「マスター」、「マルカ」さんに伺いました。

 

自宅・仕事場・カフェになる場所を探して

― そもそもなぜ物件探しを?

マスター:もともと自宅が大宮、事務所が新宿にあったのですが「自宅と事務所とカフェを、全部合体したいな」と思っていたんですよね。さらに犬を飼っていたので、犬と一緒に住みたいというかなり厳しい条件で物件を探し始めました。

マルカ:いわゆる共同作業場として、ついでに、ちょっとお茶が出せる程度のスペースが欲しいと思っていたくらいだったんですけど。

マスター:あれこれ探す中で、この辺りに住んでいる僕の親友が、ジョギング中に空き物件の写真を送ってくれるようになって。ある物件を問い合わせた時、「そこはもう決まってしまったのですが、代わりにどうですか?」と紹介されたのがここでした。

 

不動産屋も入りたがらない廃墟に一目惚れ

マスター:不動産屋さんに内見したいと伝えたのですが、「本当に見ますか?」と言われて(笑)。

当日もドアを開ける前に「マスクをつけてください!」と。何だろうと思いながら入ったら、カビも蜘蛛の巣も雨漏りもすごかったんですよ。

マルカ:床も抜けていたし天井も傷んでいて、ほとんど廃墟でした。

マスター:だけど、建物の造りが面白くて「どうしてもここだ!」と彼女が言い出して(笑)。そこで、この建物を何とかしてくれる人はいるのだろうか、と思ったら…

マルカ:「あ、嶋田さんだ!」って、思い出したんです。

 

ダメもとで、らいおん建築事務所に相談へ

―もともとお知り合いだったのでしょうか?

嶋田さん:いいえ、” ミク友 ” でした。(笑)

マルカ:そう。ミク友。私と嶋田さんは、福岡県北九州市の同じ高校の1学年違いで、当時流行ってたmixiで同じコミュニティに入ってました。

嶋田さん:お互い話したことはなかったけれど、共通の友達がいましたよね。

マルカ:はい。で、mixiで繋がって、嶋田さんが「何かあったら、いつでも連絡してください」ってメッセージをくださっていたのを真に受けて、「こんなことお願いしていいのかな。いいや、ダメもとで相談してみよう!」と、連絡したのが始まりです。

嶋田さん:それで、真夏の猛暑日に、僕の事務所に ” パリみたいな日傘 ” をさしていらっしゃいましたよね。それが初対面でしたね。

マルカ:そうです。パリ。で、実際に物件を見てくれることになりました。

 

眠りから覚めた建築作品

嶋田さん:いざ物件を見てみたら、床が抜けていて木も腐っていて。当時築30年程でしたが、建物の中は、天井も高くて、真っ暗な空間が横たわっていて、窓から透けて見える外の緑がとても美しいのが印象的でした。この建物は一体なんだろう、と思ったら、室伏次郎さんという有名な建築家の作品だとわかって。

マスター:この建物は当時、扉は1枚もないし、窓は1つも開かなかったらしいんです。とても風変わりな造りだったそうです。

マルカ:階段も奇抜だし。聞いた話では、新築当時、施主が「こんな家住めるか!」とか怒って放棄して、その後、室伏さんと親交のあった三浦永年さんが引き取って、手を入れて、アトリエにしたそうです。

三浦永年さんは、マーブル・ペーパーの収集家、研究家、制作者で、神秘的な模様や色彩のマーブルグラフィックを制作、収集されていらっしゃった方で、1900年代初頭ヨーロッパのアール・ヌーヴォ―期の石版画ポスター蒐集の第一人者でもあるそうです。そして、その奥様であるティニ・ミウラさんは、装幀装飾の第一人者。世界のコンクールで数々の賞を獲得し、川端康成などのノーベル賞賞状の制作にも携わっていた方だったんです。

ここは、二人のアトリエだったんですよね。

嶋田さん:それに加えて、室伏次郎の建築だった。空間の力を感じますよね。

マルカ:そう。でも嶋田さんがすごかったのは、この廃墟をばーっと見て、「大丈夫」って言ってくれたこと。ここはこうしよう、って、配色も配線も、ぱぱっと言って決めてくれて。それが後ろ盾になったというか。

嶋田さん:とりあえず2階は住居としてそのまま使えそうだから、カフェになる1階をなんとかしようと、思いましたね。

当時の様子をまとめたフォトブック。
「此処であたらしい何かがはじまるかもしれない、という、予感」という文と共に。

 

お金がないからDIY

嶋田さん:とにかく予算は少なかったですよね。(笑)

なので、腐った床を抜いて、壁をみんなで塗りました。室伏建築を剥がすという、なかなかできない体験でしたね。

マルカ:そうそう。この室伏次郎建築に、三浦さんとティニさんのアトリエだったという文化を受け継いでくれるのが、この大きなテーブル。もともとマーブルペーパー用の作業台だった板を活かして、つくっていただきました。こういったDIYの募集もmixiでした。知らない人同士で塗り直して。

その他の、細かいパーツは、IKEAとか。嶋田さんが技を駆使して、安く仕上げてくれました。あとはみんなで壁を塗って、照明器具も一部手づくりです。嶋田さんが道具も揃えてやり方もちゃんと教えてくれました。

嶋田さん:今で言うDIYワークショップですね。

マスター:長崎に住む子のきょうだいとか。その友だちとか。初めて会う人が手伝ってくれたりもしました。

カフェのメインテーブルとなった三浦さんの作業台。

みんなで色をつけ、脚は特注で製作。

お互いの友達や、ここを拠点に何かしたい人たちが集まって作業は進められた

 

住んでいるから、開店は暮らしに合わせて

ーいつ頃オープンされたのですか?

マスター:10月に先に住み始めて、カフェはその2、3ヶ月後にオープンしました。

嶋田さん:事務所に相談に来たのが7月頃だから、かなり早かったですね。

マルカ:そうですね。オープンは、2010年のクリスマス。カフェは最初は金土日だけとして始めて、この春の自粛期間が明けて、再開後の今は土曜日だけ営業してます。本業の忙し過ぎる時は閉めちゃいますけど…。

嶋田さん:自宅と仕事場も兼ねてるから家賃を気にしなくていいのはいいですよね。

しっかり、ほしい暮らしを自分たちでつくっていますね。

マルカ:はい。営業してない時にも部活動をしたり、部活のためにお店を休んだり、自由に。。

― 部活動って、何でしょうか?

マスター:面白い趣味を持ったお客さんが多くて、その人たちの「やりたい」からどんどん部活ができていったんです。放送部、文藝部、映画部、美術部があったり、ボードゲームをいっぱい持ってる人とボードゲーム部を作ったり。

マルカ:「いっぱい」の数が、200個とかですからね。

美術部の作品も飾られた店内。文藝部の作った本も販売している。

 

手直しをしながら、この地で10年を過ごして

―ここに住み始めて10年。振り返ってみていかがですか?

マルカ:よく続けられたな、ですね…。古い建物だからどうしてもメンテナンスが必要な部分はあるのですが、手直しの分だけ愛着も湧いてきます。

マスター:僕自身、10年間同じ所に住むのが初めてなので「10年暮らすってこういう感じか」と思っていますね。近所の子どもたちになつかれるとか(笑)。長く住んでいる方も多くて、お年寄りも多い地域ですが、最近は若い人も増えて、10年でずいぶん変わった気がします。

マルカ:向かいの空き地にも新しい家が建ったし、木造のアパートも建て替わったし。

マスター:カフェでの10年で言うと、オープンした頃に小学生の女の子と幼稚園くらいの男の子を連れたご両親が来てくれて、今も頻繁に来てくれるご家族なんですが、いつの間にか僕たちはその子たちの10年を見てきてる。学年が上がって、中学生になって、高校生になって……そのお嬢さんが予約の連絡を寄越してくれるようになって……

ーそれはすごい、ちょっとした親の気分ですね。

マスター:ええ。「同じ所にいるって、そういうことだな」って感じています。

マルカ:住まうだけでなく、カフェをやって良かったと思うのは、人が本当に来てくれることです。「家に遊びに来てね」って言ったところでなかなか来づらいと思いますが、「カフェやってるから来てね」と言うと、意外と来てもらえる。遠くからも。しかも、すごく仲の良い人だけじゃなくて、なんとなく知ってた人も気にかけてくれたりする。それは、思いがけなく、すごくありがたくて嬉しいことです。

マスター:ジョギングしながら物件の写真を送ってくれてた友人も毎週来てくれてます。

マルカ:彼は本当に毎週来てくれるね。そういえば、私、高校の時に5人組のバンドを組んでいて、自分も含めて3人が関東に今いるんですけど、2人とも時々ここに来てくれるんです。1人はボードゲームに、1人は絵を描きに。だからコンスタントに再会できていて。そういう生活があるなんて、これまで考えたことがなかった。この場所で仕事も趣味も広がって、おかげさまで、今、とても楽しいです。

ーこの建物を軸に緩い繋がりがたくさんできていくのはとても嬉しいですね。素敵なお話を聞かせていただきありがとうございました!

photo by Aya Ikeda、text by Yuko Seki & Motomi Matsumoto