2023.10.27
VOICE
密なコミュニケーションが生み出すまちづくりのスピード感ーー泉佐野市さの町場「めぐりLab.」Vol.3

対談  西納久仁明(バリュー・リノベーションズ・さのディレクター)×嶋田洋平(らいおん建築事務所)
(対談日2023年4月19日当時、現在泉佐野市副市長)

3ーーさの町場の将来。日本滞在時、最初と最後に訪れたい場所になることを目指して

嶋田 「めぐりLab.」は、「SHARE BASE つむぎや」で出店されている方や、バリュー・リノベーションズ・さの(VRS)の定期的なイベント「なりわいテーブル」に参加してくださる方たちの次なるステップの受け皿となっていますよね。

会社で働きながら小商いをやってみたい人や主婦のみなさんが、どこかに場所を借りて家賃を払い続けるのはなかなか難しい。でもイベント的にスポットで何かやってみたい人は少なくありません。そういう方達を育てて、そろそろ自分で場所を借りてみたい人を対象にワークショップを行い、場所としての「めぐりLab.」をどう使っていけるかみなさんと話しながら事業計画をつくる。まちには必ずプレーヤーが必要なので、段階を踏んだあり方で人を育てることも必須です。それができているんだなと思いました。少し具体的な話になりますが、貸し出し形態と賃料の設定はどうなっているのでしょうか。

西納 契約期間1年でそれぞれの場所の賃貸料金が月額で決まっています。賃貸料は1,200円〜1,500円/平米だったと思います。区画の大きさからいうと、だいたい3万円程度の賃料でしょうか。

嶋田 僕が北九州で手がけた規模感が同じくらいの物件の賃料もだいたい同じくらいですね。1万円〜3万円ぐらいの賃料であれば、不安はありながらもチャレンジしたい方達が借りてくれる印象があります。あとはその家賃相場で貸し出せるように、全体の工事費をコントロールする。そこが収益を上げていくためには重要になります。

事業の成り立ちとしては、バリュー・リノベーションズ・さの(VRS)がオーナーさんから物件を借り、お金をかけてリノベーション工事を行い、家賃を設定してお客さんを探してきて貸していく。その後の運営も行っていく。そういうスキームになりますよね。バリュー・リノベーションズ・さの(VRS)では、「SHARE BASE つむぎや」や「つむぎや Amenity」という場所をつくった経験があったので、それが「めぐり Lab.」にも活かされて、大きめの物件にもチャレンジできていると思います。

ステップを踏みながら少しずつ規模感を上げていくこともまちづくりの手順としては無理がないプロセスです。
いま、改修工事はどのような状況でしょうか。

西納 はい、4月22日にオープンの予定なので、入る方達は準備で大忙し、大変そうです。先日さまざまな事業者さんの交流会を行ったのですが、「めぐり Lab.」のみなさん、一生懸命PRしていました。

嶋田 オープニングセレモニーはやらないんですか?

西納 考えたのですが間に合わず、オープンの日に3店舗のみなさんと土間の部分に飲食系の方々に集まっていただき、イベント的に始めてみます。

嶋田 タイミングが合えば、市長をお呼びしてみんなでテープカットするとか、最初の盛り上げが肝心だと思うのでイベントを考えたかったですね今後は最初に入っていただいている3組の方達のつながりで使いたい方が増えていく可能性が大きいので、応援する意味でも大事だったかなと。

西納 これから入居は増えると思います。バリュー・リノベーションズ・さの(VRS)で手がけているリノベーション施設は、入居を泉佐野市にお住まいの方に限定していません。私たちとしてはさの町場を中心として町の活性化に取り組んでいきたいという思いで行っているので、さまざまな場所の方がここに魅力を感じていらしてくれて、結果的に住みたいと思っていただけたらありがたい。そういう思考でやっています。

嶋田 オーナーさんはこの建物をご覧になってどんな反応でしたか?

西納 先日工事が終わった段階でご覧になったのですが、かなり傷んでいた建物がきれいになって喜んでいらっしゃいましたね。いまはまだイメージがつかないようでしたが、そこにお店や人が入って活気ある空気を感じていただくと、またもっとイメージを膨らませていただけると思います。

おかげさまでさの町場では、嶋田さんたちに「朝日湯」のリノベーションを実現していただいたり、活性化が進んでいます。私たちが手がけた改修事業も町で広がりを見せていて、大阪から和歌山に抜ける重要な経済ラインと言われていたこの泉佐野の土地の活気を少しずつ取り戻す道筋をつくっていけているのではないかと思います。

いま街道沿いの物件も2件ほどご相談をいただいていたり、5年目に入ったバリュー・リノベーションズ・さの(VRS)の活動が着々とみなさんに認識していただいていることを嬉しく感じます。


嶋田 一番最初に西納さんが市長から託されたのは商店街だったのですが、僕は商店街から何かを始めるのは難しいので、まずは周りからやっていこうとお話しましたよね。普段はそういう話をしても、役所の方はあまり聞いてくださらず、商店街を変えていくことだけに力を入れてしまい結果なかなかうまくいきません。でも西納さんは、「そうですか、じゃあ周りからいきましょう」と言ってくださり、動いたんですよね。


初めは商店街から少し遠い場所で3箇所ほどが始まり、それがだんだんかたちになってきて、商店街に面した場所がどんどん動き始めました。そしてそのあと泉佐野市の事業で商店街の延長線上の通りでいくつか動きました。初めは町の奥まったところでやる方がよいなと思っていたのですが、今回は理想的なかたちで広がっていったと思います。リノベーションは結局どうなるのか見てみないと分からないんですよね。
商店街沿いのみなさんは人がたくさん訪れていた時の経験もあるので新しいことに腰が重い感じがします。奥まっているところでリノベーションをすることで、そこが魅力的な場所になっていることを認識して初めてみなさんの考え方が変わっていく感じがありました。あ、なるほどという感じで最終形がイメージできるのでしょうね。
西納 無理しないことも大切だと思っていましたのでそれでよかったと思います。どうにかしなければいけないという問題意識は共有していましたから、どうできるかをみなさんに見せられるかが私たちの最大の課題だったと思います。

今はたくさんプロジェクトが実現して、まちに魅力があることの可能性をみなさんが感じでくれていると思うので、次の段階を目指してさらに頑張っていきたいと思います。コロナも落ち着いてきたので、観光客の方々も含めてさの町場の魅力を知っていただけるようにしていきたいですね。

嶋田 そうしていきましょう。泉佐野市の昔の地図を見てみると、さの町場があるエリアはもともと海沿いだったのです。1987年の関西国際空港の工事着工と同時に沿岸部を埋め立てたため、だいぶ内陸に位置するかたちになったのですよね。さの町場のエリアは昔の漁村や廻船問屋が立ち並んでいた雰囲気を残し、古い建物が多く残る場所ですが、南の山側には郊外型の住宅が建ち、大阪市内まで30分ほどで行ける通勤圏ということもあり、開発が進んでいます。

泉佐野駅を見ていると学生さんから会社員の方までたくさん人が乗降しているのに、このまちなかには人がほとんどいません。不思議な状態です。でも掘り起こしてみると、何かやってみたい、チャレンジしてみたい人はいらして、そういう人たちが住むというよりは働く場所としての可能性を考えています。あとはコロナの前は関西国際空港から泉佐野駅を海外の人たちが毎日何万人も通り過ぎていたんです。なのでコロナが明けたいま、海外の人たちが戻ってくることを考えた時、日本の古民家的な宿泊場所があったら、日本に初めて足を踏み入れる、もしくは帰る際に日本的な泊まれる宿があるまちとして再生していけないか、そんなことをビジョンとして思い描いています。

おっしゃるように、これからまたインバウンドが戻ってくるでしょうから、2、3年ストップしていた観光客をターゲットとした動きをにこれから少しずつシフトしてやっていきたいですね。

今後の展望はどう考えていらっしゃいますか。
西納 もっといろいろと軌道に乗ってきたら、後進にも任せていけるのでしょうけれど、まだまだ日々状況が変わるので。やっと順調に進んでいるかなと思ったら、次の日は違う状況になっていたり。

結局人と人との関係の中で物事が成り立っていくので、うまくいく時といかない時とが出てくるのは当然のことかなと思いながら日々取り組んでいます。

できればさの町場全体が総合商社のようなかたちで、町自体が百貨店のようにいろいろなものがあって出来上がっている姿を目指したいのですが、そのための物件の相談や建物のリノベーションをやるにあたっては人と人との調整にさらに時間を費やしていかないといけないのかなと思います。

そう思って振り返ると、まちの人たちの顔が見えるところで仕事をしていくべきだという自分の感覚は間違っていなかったと思うので、自分たちがそこに居て、自分ごととして町と関わっていくスタンスを積極的に発信しつつ、まちづくりを一緒にやっていく安心感や信頼関係を築きながらこれからもできることをひとつひとつ進めていきたいです。

嶋田 さの町場は訪れるたびにどんどん変わっていっている実感があります。関わっている人たちも、自分たちの町で何かができる喜びのようなものを持てているのではないでしょうか。

何気ない日常や風景に、実は最も価値があるということをみなさんにお伝えしたいと思ってご一緒させていただきましたが、僕の力だけではこんな短期間でここまではできなかったと思います。でも逆に考えたら、町にかかわるキーパーソンとよりよいコミュニケーションを取ることができたら、まちづくりは驚くほどスピーディーに進むということだと。

まちが百貨店のようにいろいろなものがあって出来上がるイメージ、さの町場はそのポテンシャルを十分に持っているので、これからもいろいろと仕掛けていきたいですね。
今日はありがとうございました。

(対談写真 撮影:中村晃)

(めぐりLab.竣工写真 撮影:中村晃)

(VRS事務所写真 提供:一般社団法人 バリュー・リノベーションズ・さの(VRS))

Text by Mitsue Nakamura