まちを変える
2021.08.31
変わり始めた「さの町場」。 リノベーションまちづくりは、どのように進められたのか。

関西国際空港のそばにある古いまち並み「さの町場(さのまちば)」で開かれた「まちばのマーケット」。2019年の夏、泉佐野市のまちづくりを担う「バリュー・リノベーションズ・さの」さんから、「まちを変えたい」とご相談いただいてからマーケットが開催されるまで、どのようなストーリーがあったのかを、お伝えしていきます。

ー「まちを再生したいのでお手伝いしてほしい」とお声掛けをいただいたことをきっかけに、泉佐野市のリノベーションまちづくりがスタートしましたね。最初はどのように考えましたか?
嶋田:もともと僕が、リノベーションまちづくりを最初に始めたのは、北九州市の小倉魚町という商店街だったんですね。僕の地元で空きビルをなんとかしてほしいと相談を受けました。

【 小倉で最初に関わった中屋ビルのリノベーションプロジェクト】

ポポラート三番街
メルカート三番街

その後、北九州家守舎というまちづくり会社を設立してからは、このような案件に、事業投資も行う実践者として関わっていました。
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今回、相談を受けたのはリノベーションまちづくりの「アドバイザー」の立場としてです。
実践者としてではなく、はじめてのまちでアドバイザーとして関わる時に、どのようにまちを変えていけるのか考えました。
リノベーションまちづくりには4つの要素で成り立っています。スピーディーにまちを変えていくためにこれらをバランスよく仕掛けていく必要があると思います。
1.エリア再生ビジョン(全体像)
2.リノベーションプロジェクト(全体像を実現する部分)
3.家守会社(プロジェクトを生み出す駆動装置)
4.ワークショップ(プロジェクトを生み出す仕掛け)

 

“ エリアの 再生 ビジョン” を構想する
ー まず1つ目の構成要素に「1. エリア再生ビジョン(全体像)」とあります。これは、どういうものなのでしょうか?
まちの皆さんが、こういうまちにしたい!と思えるような、全体像でありゴールイメージですね。まちは地域の皆さんが主体的に作っていくものですので。

ー なるほど。どのように作っていくのでしょうか。

まずは、最初に僕たちはまちを徹底的にリサーチします。定性的な側面と定量的な側面での調査をしっかり行います。ぼくたちはそれを定性分析、定量分析と呼んでいます。
まちが衰退して元気がなくなって衰退してしまった原因をなんとなくのイメージではなく具体的な事実としてしっかりと把握するためです。

定性分析では、そのエリアの歴史を紐解くことが多いですね。
泉佐野市の場合も、このエリアは、今は埋め立てられて「りんくうタウン」になっていますが、元々、ここに海岸線があったんですよ。

ー へぇ。さの町場は、元々どんなまちだったのでしょう?

歴史を遡ると、室町時代には、五島列島まで漁に出るほどの大きな船団があるような漁村だったとか。
その後、江戸時代から明治時代にかけては、北前船の貿易の地となり、和泉国の中では堺に次ぐ商業都市となっていたようです。
船主が商品を買い、それを売買することを商いにしている北前船の中でも、食野家(めしのけ)と唐金家(からかねけ)という巨万の富を蓄えた船主が、この地に集落を作って拠点にしていました。

その後、食野家と唐金家は、廃藩置県によって、大名貸しの貸付金が回収できなくなり衰退していくのですが、酒造業を営んでいた寺田家が紡績業、鉄鋼業で成功し台頭します。それに伴って、また商店街が活性化をしていきました。

それぞれの時代で、非常に栄えていた地だったことがわかります。

その後、戦時中も空襲などの甚大な被害を受けず、このような栄華を極めた地が、今も古いまち並みとして残っているんです。戦後もこのエリアは賑わっていたようですね。

祭りで活気のある商店街(昭和17年頃の佐野夏祭り)
写真提供:泉佐野市

そして近年になると、この海岸沿いを埋立地にして、関西国際空港や、りんくうタウン(関西国際空港の対岸に建設された総面積約320haの、ホテル、レストラン、プレミアム・アウトレットがある地区)が作られたんですね。一方でその南側は、住宅地として開発されたことにより、さの町場から、人がどんどんとその郊外へ移動してしまったんです。

これは、人口動態の定量分析によって明らかになりました。
泉佐野市の人口推移や、実際にまちを歩いて空き家を地図にプロットしていきます。

 

大宮町の年齢別人口動態(平成12〜27年)

エリアを細分化して、年代年齢別の人口の動きを調査します。上は、大宮町での平成12〜27年まで5年毎の年齢別人口動態のデータです。
調べた結果、さの町場エリアでは、この20年で約800人減少しているのに対して、泉佐野駅南側では緩やかに人口が増えていることがわかったんですね。

 

さの町場の路線価の推移のマッピング(平成20〜30年)

 

関西国際空港の国際線旅客数推移

新関西国際空港(株)および関西エアポート(株) 報道発表資料より。各数値は年度集計値

こちらは、路線価マップと関西国際線旅客数推移です。
路線価とは、道路に面している土地の1平方メートルあたりの評価額のことです。
平成25年まで路線価が下がり続けていたが、平成30年には上昇傾向になっています。
インバウンド政策による関西国際空港の外国人利用者の増加により、ホテルやゲストハウス等が建ちはじめ、泉佐野駅前の路線価が平成30年には上昇が見られています。
しかし、さの町場には路線価の変化がなく、路線価が低いまま。インバウンドの施策として、さの町場が効果的に活用されていなかったことがわかります。

商店街に人が減ってしまった理由として、表層的には、りんくうタウンの建設が原因のように見えますが、実はその南側に新しく建設された郊外住宅地への移住が進み、さの町場に住民が減ってしまったことが衰退の原因だということがよくわかります。商店街は、人々が日常の買い物をする、住民のためのコミュニティの場でした。

一方で、さの町場は、古いまち並みという歴史的空間が広がる、文化資源溢れる場所。

さらに、関西国際空港の外国人利用者数は、年間1200万人(2016年時点)を超える程、観光地としての立地に優れています。

ほとんどの方はこんなに近くに、歴史的な空間資源があることを知らないのではないでしょうか。関西国際空港に降り立ち、さの町場の頭上を、電車で通り過ぎていたんですね。

それならば、さの町場の歴史的な空間資源を活用して、まちの中で地産地消を味わい、文化と触れ合う体験をしていただけるような、まち全体を一つの宿に見立てて、ゆっくりと巡るツーリズムができる「まちやど」に再生させることができたら、面白いのではないかと考えたんです。

そこでできたのが、このVISIONです。

 

 

“ VISION(ビジョン)” をかたちにしていく、仲間を集める

ー 徹底的にエリアのことを調べ、ビジョンを作ることから始めるのですね。そこからどのようにかたちにしていくのでしょうか。

嶋田:そうですね。まずは、講演会を開催しました。

ー ほう。どんなお話をされたのですか?

嶋田:イタリア南部にある切り立った岩山に築かれた、「ピエトラペルトーザ」という山村の話をさせていただきました。
イタリアは、1980年代に大地震の被害を受けたり、農村や山村では過疎化が進んでいたりして、この写真で見えている風景のほとんどは空き家なんです。
でもその部屋の一室をホテルにして、そのホテルがまち全体に点々とあるんです。
ピエトラペルトーザは、まち全体を “ 宿 ” に見立てたアルベルゴ・デフーゾ(アルベルゴ=宿、デフーゾ=分散した)と呼ばれ、ヨーロッパの国々から観光客が訪れています。
私たちは、そこでイタリアワインと地産地消の美味しい食事を、リーズナブルな価格でイタリアの文化を体感しながら、ゆったりと堪能することができるんですね。

これって実は泉佐野のような日本の古いまち並みも同じではないか、と思いました。

さの町場も、僕たち日本人にとってみればよく見かけるような古いまち並みと日常の風景ですが、外国の方がわざわざ日本にやって来て見たいものって、本物の日本の風景であり、日本の文化が培われたで場所であり、そういう歴史的な建物に宿泊したり、地元のお酒と地魚を味わい、地域の日常を暮らすように旅をする、ということだと思います。
そのような体験が、さの町場ではできると思いました。そして地の利もあり、最高のポテンシャルだと思いました。

イタリアのピエトラペルトーザと、日本の泉佐野。変わらない価値があるのではないか

こんな風に「泉佐野市と民間とが一緒になって、このまちを変えていきましょうよ!」とお話しすると、「実は、義理のお母様が築200年近い空き家を今にも取り壊そうとしているのですが、あまりにももったいないので何かできないかと思っていた。是非一緒にやりたい」という方や、「地域の空き家を引き取って、何かに活用できないか」と考えていた不動産会社の社長さんたちが、次々に名乗り出てくれました。

 

 

リノベーションをプロジェクト化する

ー 一緒にリノベーションまちづくりをする仲間が徐々に集まってきました。ここからどのようにプロジェクト化していったのでしょうか。

嶋田:具体的に進めていくには、全体像を描いたエリア再生ビジョンを、具体的に「2. リノベーションプロジェクト(部分)」に落とし込んでいくと同時に、空き家でプロジェクトを動かしていく担い手「3. 家守会社(プロジェクトを生み出す駆動装置)」の育成も行います。物件とメンバーをマッチングさせ、プロジェクトを生み出す仕組みが必要になります。

その仕組みが、「まちやど実践ワークショップ」です。

「まちやど実践ワークショップ」では、エリア再生ビジョンで設定したエリアを、さらに小さなエリアに分けたポテンシャルマップを元に、物件を決めていきます。将来の「家守」候補となる参加者に、チーム毎に物件を割り当て、そこでどのようなプロジェクトができるのかを考える、実践的なミートアップを行います。講師には、他の土地で、既にリノベーションプロジェクトやシェアハウス、まちやどなどの事業を実践しているメンターがつくので、非常に実践的なワークショップと言えるでしょう。

第1回 さの町場 まちやど実践ワークショップの様子
写真提供: バリュー・リノベーションズ・さの

 

 

プロジェクトが自走していく

嶋田:ワークショップが終了する頃には、プロジェクトの内容は固まっていますし、参加者も、家守としての役割もイメージできており、物件も実際に動かせる物件を選んでいるため、そこからはいよいよプロジェクトが自走していきます。

泉佐野市の場合は、この2回のワークショップで、5件のプロジェクト立ち上がり、既に2つが実現し、2つが動き始めています。

① くらふとや @まちばのマーケット
photo by 丹下恵

② シェアキッチン厨 @まちばのマーケット
photo by 丹下恵

③ SHARE BASE つむぎや @まちばのマーケット
photo by 丹下恵

④ いろりば公園 @まちばのマーケット
photo by 丹下恵

⑤大将軍湯@第二回まちや実践ワークショップ

⑥ながやで小商い@第二回まちや実践ワークショップ

⑦ふくろYa!BASE

写真提供:むてんかスタイル袋谷

もちろん、ワークショップの後、実際に稼働していくのには紆余曲折あります。
発生する業務をチームでどのように分担していくのか、お金の問題、近隣との調整など、大小様々なハードルが立ちはだかるので、そのサポートも行います。

方法論をお伝えしたり、時には背中を押したり。

そしてプロジェクトとして形になり、その第一弾のお披露目となったのが、前回の「まちばのマーケット」でした。

2019年の夏に、バリュー・リノベーションズ・さの 西納さんに、お声がけをいただいてから、約1年半の間でいくつものプロジェクトが立ち上がり、まちが変わり始めています。
まだまだまちの変容の序章だと思っていますので、これからの泉佐野に期待をしていてください。

ー また泉佐野が変わっていく、その様子を定期的にお届けしていきたいですね。ありがとうございました。

text by Motomi Matsumoto