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都電家守舎というのをはじめます。

僕は貧乏性なので、折角作ったのに使われていないものを見るとイライラして、そしてすぐに悲しくなる。

商店街を活性化しようとか思っているわけではなく、建築に携わる人間として、どんな建物であっても、どんな人がつくった建物であっても、折角作った建物が使われていないのを見ると、本当に悲しい。

だから、せっかく出来たのにちゃんとその意図どおりに使われていない「まち」を見るのが大嫌いだ。それは、小倉でも、東京でも、温泉地の熱海でも、東北の被災地でもかわらない。

ちゃんと「まち」しようぜ。

出身地とはいえ小倉魚町まで行って、いろいろなことに関わって、いろんな事を言って。
僕は小心者なので、小倉の人達に、いつかこういわれるのではないかとびくびくしている。

「お前、自分の住んでるまちでは、何やってるんだ?』って。

だから、お年寄りばかりで元気の無い御神輿のお祭りにはスタッフとともに準備に参加し。とっても目立てる御会式にはもちろん太鼓持って参加し。弱小の任意団体の商店会の役員になりハロウィンイベントを手伝い。保育園の父母会長も引き受けた。

梯さんにチャンスをもらって、清水さんから学びながら、ずいぶんと深く関わらせていただいた魚町の小倉家守の経験を活かして、僕は、そろそろ雑司ヶ谷で家守をやろうと思う。

魚町で分かったことを全部注ぎ込んで東京の山手線の内側にあるシャッター商店街と木造密集地のこのまちと、都電沿線に絡み付くようにクロスしている駅周辺の商店街とその周囲の住まい。それらの使われていない建物の使い方を考える事で、これからの新しい東京の。我々世代の暮らし方、働き方を提案したい。

そして逆に青木純さんと安井和宏さんと一緒にやって分かった事は全部魚町にもってって新たな実践を行ないたい。

なんでかって。

だって、都電がキラキラ輝いて、このまちを歩いて楽しいまちにできたら若者があつまって、あぶくりが大繁盛するじゃない。

ただ、それだけのことなんです。