2023.01.27
VOICE
閉店した老舗百貨店大食堂の復活物語。地域の活性化へ繋がるリノベーションがつくる未来「マルカンビル大食堂」vol.3

対談  小友康広(上町家守舎代表取締役)×嶋田洋平(らいおん建築事務所)

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ーー2017年2月、大きなビルを少しずつ改修して漕ぎ着いた、大食堂フロアの開業と、その後
嶋田:僕に声をかけていただいたのはどのぐらいのタイミングだったのでしょう。

小友:まずマルカン百貨店の再生をしようと思いますと岡崎正信さんに報告したんです。そしたら、それができたら街が変わるぞと言われてテンションが上がりました。大騒ぎして僕らだけじゃなくていろんな人に協力してほしいと話したら、リノベーションまちづくりの仕掛け人である清水義次さんに話をしてくださり、老朽化した百貨店の耐震設計を頼むなら嶋田洋平さんがいるぞと。当時リノベーションスクールで一方的に存じ上げてはいたんですけど、僕らのことは多分認識、、

嶋田:してましたよ。花巻で何か起こっているかも知っていたし、マルカン百貨店のことも知っていたけどという感じ。その中心人物でありキーマンが小友さんであることも知っていたし、先ほどお話したように北九州でも周囲の人からマルカンビルの大食堂をなんとか残せないかという話が僕のところにきていたし、とはいえ自分から何かしらのアクションを起こすところまではいかなかったのですが、小友さんから実はマルカンビルの大食堂を残したいという相談を受けた際に、ついにきたかという感じでした。小友:僕らにとって耐震改修はもともとふたつのフェーズに分けてやろうと思ってたんですけど、その時に協力していただける人が必要だと清水さんに話したら、嶋田さんが最適だと教えてもらったので連絡しました。
最初のミーティング覚えてます? ZOOMでやった時、嶋田さん「本気でやる気なんですか?」って言ってました。笑 

嶋田:覚えてます。笑 僕は北九州市小倉の中屋ビルというマルカンビルよりは小さい規模の改修をやったのですが、あれも全部一気にやらずにちょっとずつやってるんです。小友さんが百貨店の中の食堂だけ営業すればいいと言ってたのを聞いて、それだったらいけるだろうなと直感的に思いました。

小友:でも実は経営的にはそれじゃ全然ダメだったんです。大食堂は良くも悪くもとんとんぐらいでやってたんですよね。ソフトクリーム180円ですから。百貨店創業時から6階の大食堂は採算度外視でお客様に喜んでいただく場所だったんです。耐震改修して大食堂だけをやっても投資回収できないので、どこか別なところで稼ぐ必要があった。そこで、極論マルカンビルだけでどうにかするのではなくて、周辺の上町というフィールドの中で、マルカンビル大食堂に来る人たちをエリアで考え、百貨店時代は無料だった駐車場を有料化し、新たな収益の柱にしました。
あとはこれだけ愛されているので、何かグッズやコラボメニューを作れば大食堂に来ない人たちにも売ることできる。ライセンスで稼げるなと思って「マルカンビル大食堂」の商標を取りました。場所が持つ価値を生かした収益事業を生み出すことで、なんとか場所として維持していける目処が立ち、耐震改修する道筋ができていったんです。そして嶋田さんと話をする中で、さらに耐震改修をするにあたっての建築的なアイデアが出て、より可能性が広がりました。

出典:https://iwate-starbrand.com/?mode=cate&cbid=2706517&csid=1

嶋田:そうでしたね。1981(昭和56)年3月31日以前に建てられた3階建て以上で5,000平米以上の不特定多数の人たちが利用する建物(要緊急安全確認大規模建築物)は耐震診断と診断結果の報告が必要で、その診断結果は公表されることになっていました。耐震改修は努力義務。6階の大食堂と1階だけ動かすと聞いたので、そうすると全然5,000平米に到達しないから耐震改修しなくて使えるんじゃないかと思ったんです。県に提案したらOKが出たのでまずはレストランが開業できる。開業してる最中に耐震改修工事すればいいっていう事業の骨格、耐震改修プロジェクトの骨格はその時にアイデアが出ましたよね。
マルカンビルが大食堂も含めて全部閉館した後、小友さんが再オープンさせるまでって期間的にはどのぐらいだったんですか?

小友:9か月弱ですね。2017年の2月20日にオープンしました。

嶋田:オープンするまでのその9か月の間に設計の方針を固めて、6階の耐震改修に必要な工事だけ先行して行なっています。耐震改修において、構造計画の観点からいくと全体の高さとか柔らかさを調整する必要があり、6階は硬すぎるから柔らかくする方針が立てられました。
耐震改修のポイントとしては
・耐力壁の配置(今後の使い方に支障がないように)
・排煙設備の改修をしなくてもいいように、避難安全検証法を使って検証。コストダウンへと繋げる
・補強は最小限にするために、建物を軽くすることによる対応(屋上にある重い残置物などの撤去)
です。 再オープン後のマルカンビル大食堂 (2点写真提供:小友康広)

嶋田:マルカンビルは古い建物だけど、建物自体よくて素敵だった。耐力が足りないので壁を配置しなければいけないんですけど、デパートだからフロアのど真ん中に出てくると非常に使いにくい。中間階はあんまり使わないと言いつつも、何が入ってくるか分からないのでその配置は非常に細かく検討しました。あとは倉庫として使う部屋とかも出てくるだろうから壁を取りながらも使い勝手が悪くならないようにしました。あとは排煙設備。フロアが広くて天井高も高いので排煙設備を一部なくしても大丈夫で、避難安全検証法という法律を使って排煙設備の改修をしなくてもよいようにしてコストダウンを図りました。それから、普通耐震改修は補強することばかり考えるんですけど、建物を小さくするっていうのが耐震改修、耐震性能を上げる上では効果なので、ビルの屋上にある残置物など重い物を撤去して建物を軽くしました。

小友:いろいろありがとうございました。僕らは全くもって建築の素人なので、嶋田さんがコスト優先とか工期優先ではない、将来に渡ってどんな事業をやるかを優先して設計を考えてくれたのが嬉しかったです。またそれを我々にちゃんと伝えてもらえる、こういう風な意図があって今回こうしましたとか。たとえば3階から5階は使わないんだったら、床全部抜いちゃいましょうかみたいな話もありましたよね。

嶋田:すごい軽くなるからね。

小友:それがやっぱりここは使うんだね、じゃあなるべくスペースを取らなきゃいけない。ここは使わないんだ、じゃあここは手をつけずにおこう、みたいな、メリハリの必要性を僕たちも教えてもらいました。

嶋田:よかったです。やっぱりリノベーションはメリハリが大事なんですよ。それが事業性にも直結しますからね。
実際に完成し、建物がオープンした際はどうでしたか?

小友:とにかく初めのオープンバブルがやばかったです。新たにメンバーとなった従業員は驚いててんてこ舞いしていましたけど、旧メンバーは落ち着いていましたね。
耐震改修については「使う予定のところは可能な限り使いやすく空間が広くとれるように」「使わないところには一切コストをかけない」というメリハリをつける施工を行うことによって使い勝手とコストが高い次元でバランスが取れたのではないかと。すごく良かったと思います。
工事も「とにかく大食堂の稼働に影響が出ないように」ということをお願いし、配慮頂けたのがありがたかったです。ベストは「大食堂の営業を一切止めずに耐震が完了する」だったのですが、さすがにそれは厳しくて最閑散期である2月を中心に1ヶ月弱だけ大食堂の営業ができない期間が出ましたが、おそらく影響を最も低く抑えられたのではないかと。

嶋田:無事にオープンすることができて市民のみなさんは喜んでくれたんじゃないですか?

小友:僕が街を歩いていると、おばあちゃんに「ありがとう」と声をかけられます。食堂は僕自分が気軽に食べに行きたいから残したのに、おかげで全然気軽に食べに行けなくなりました。みんなが気を使っちゃうから。

嶋田:すごい。ちなみに、いま他のフロアはどうなっているんですか?

小友:1階のテナント部分には花巻で2、30年やってる駄菓子屋さんが入ってきてくれて、2018年には地下1階でスケボーショップとパークを営業開始しました。それから2階では僕の家業である小友木材店で新規事業をつくり、木を使って大食堂や温泉など地域の資源と産業をモチーフとした空間づくりを行い、体験型木育施設「花巻おもちゃ美術館」を2020年に開業しています。これは木材協会の勉強会で出会った事業なのですが、東京にある「東京おもちゃ美術館」へ視察に行き、事業としては成り立たないものかと思っていたら話を聞くと収益化できるものだと分かり、やってみました。
他のフロアは現時点で空いてるのですが、でも稼働しているフロアの遊休時間や遊休空間で、ダンス教室や体操教室が開催できるような仕組みができたりしています。
結局、僕らは無理して3~ 5階を使えるようにしなくてよいと思っています。ちゃんと使うためには各フロアの老朽化した設備刷新をしないといけない上に建物の規模的にバリアフリー法をクリアしなければならず、巨額な投資になります。そこまでしてこの場所だけを盛り上げるよりも、上町のもっと別な場所を使う方がよりよいと思うようになりました。
でもあのビルのラストフロンティア、最後にやろうと思っているのが温浴施設を屋上につくることです。そこだとぎりぎりバリアフリー法にかからず用途変更の範囲でできるので。地下1階のスケボーショップとパーク (出典:https://www.facebook.com/dprtmentsp/photos) 2階の花巻おもちゃ美術館(2点写真提供:小友康広)

嶋田:それはいつ頃の予定なんですか。

小友:本当はもう終わってるはずだったんですけど、まさかのコロナで、コロナ禍が落ち着いてから2年くらいかけようかなと思っていて、今年度であこれいけるなと算段していていよいよ本格的に動く感じがしています。

嶋田:マルカンビルが再生したことで、周辺にも何か変化が訪れてるんですか?

小友:とんでもなく訪れました。笑

嶋田:先日、花巻祭りもやっていましたね。

小友:だいぶ縮小した開催でしたが、3年ぶりに行うことができました。街では自分の世代前後の人たちがどんどん空き物件を使いながら新しい事業をやったり、M&Aしてご高齢の経営者の方から事業を引き継ぐなどのケースが増えていて、数えたらマルカンビルがスタートしてからのこの5年の間に、僕の自宅から半径500mの範囲で39件もの新しいプロジェクトが生まれていました。

嶋田:それはすごいですね。

小友:リノベーションビジョンブックという冊子を花巻市がまとめて作ってくれて。さまざまなプロジェクトの詳細がどんどんと発信されるようになったんです。僕たちも引き続き行政や市には提案をさせてもらっていて、病院跡地をこういうふうにしませんかとか、通りのあり方をこうしていきませんか、などさまざまな話をしています。

嶋田:今後、ご家族と一緒に花巻に戻られることを考えると、今度は自分一人のことだけじゃないからさらに街のことをまたいろいろ考えるじゃないですか、今後に対しての思いってありますか。

小友:今後は僕や家族が自分たちの場所として好きだと思える、そしてここに住む仲間たち、親しい人たちが「これいいね」と周りの人に自慢できるような場所を作っていきたいです。実はもうすでに何カ所かの計画が進んでます。個人で関わっているものもあれば、家業である小友木材店の事業として進めている場所もあります。
花巻の仲間たちは、自分の本業のほかにこの地域をよりよくしていくための事業を別な会社をつくって展開している人が結構いるんです。そういう人たちに小友木材店が所有する土地を提供しながら、コミュ二ティの広がりをつくっていけたらと思っています。たとえば、設計事務所をやっている木村直樹さんは、障害者のためのグループホーム「ひとしずく仲町」を建てることのノウハウを生かしながらご自分で運営しているのですが、一緒にコラボして放課後デイと温浴施設とシミュレーションゴルフ場と僕の母の家を僕の家から徒歩1分のところに建て、それらをすべて積極的にシェアできる、ポジティブな意味で共有していくことが好きな人たちだけが集まるような集落にしてみたいです。笑
その温浴施設はマルカンビルの屋上に作ろうとしている温浴施設の実験場でもあり、どのように運営することができるのか、その仕組みなども含めてここで一度実装してみることでいろいろ分かるんじゃないかと思ったりしています。

嶋田:実験としてやってみるというのも、また小友さんらしいスタンスな気がします。

小友:そうですね。自分が楽しいと思ってるので、あんまり気合いを入れたくないなと思って。
やっている中で一番気をつけてることが、関わった人が撤退するとか、うまくいかなくて辞めるっていう時なんです。リノベーションに関わったために私の人生が崩れてしまったとか、大きな期待をして関わったのにうまくいかなかったという状況をできるだけつくらないことが大切です。だから実験の範囲で留める。実験であればやっぱり継続は難しから止めようと言うことができます。切り戻しが可能な範囲でいろんなことをボコボコ起こしていく、気合いを入れないでゆるっとやるぐらいが楽しい範囲かなと。それができる都市規模でもあるんです、花巻は。

嶋田:花巻、面白いことがまだまだ起こりそうですね。目が離せない。これからが楽しみです。また花巻にお邪魔させてください。
今日は「マルカンビル大食堂」のことをベースにお話を伺いましたが、今後のビジョンを聞けて良かったです。ぜひまたその後の展開の話をお聞きしたいです。今日はありがとうございました。花巻市が作成したリノベーションビジョンブック (写真提供:花巻市都市政策課都市再生室)

Text by Mitsue Nakamura