2023.08.25
VOICE
発信する場所の賑わいがメディアとなり、まちへ広がるーー山口県下関市大丸下関店7階「JOIN083」 Vol.2

対談  北尾洋二(株式会社リージョナルマネジメント代表取締役)×嶋田洋平(らいおん建築事務所)

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ーー「JOIN083」をつくること、それ自体を発信コンテンツにするさまざまな仕掛けづくり

北尾 「JOIN083」は2020年の2月に提案をしてやることが決まったので、2020年3月の下関大丸リニューアルオープン時はまだかたちになっていませんでした。コロナで大騒ぎにもなっていたので、それが落ち着くであろう2021年4月にオープンを目指して準備していました。しかしリニューアルした建物が歯抜けの状態で、大丸側からはとにかく早くオープンしてほしいと言われ、2020年10月10日にオープンを早め、約半年でのスピード開業を目指すことにしました。

でも百貨店の内装なんてやったことがなくて想像もつかないし、ある人からは内装費用には1億円かかると言われ、そんな巨額な資金な調達ができるわけもなく、半年でオープンすると言ったはよいものの、さてどうしようかと。

ただまさにその時に嶋田さんと一緒にリノベーションまちづくりのプロポーザルの仕事をしていたんです! これが僕にとっては運命的でしたね。

実は「カラスタ」ができる前のことですが、鹿児島の甑島列島で山下商店というアイランドカンパニー(東シナ海の小さな島ブランド株式会社)をやっている知人の山下賢太さんが、もともと三越鹿児島店だった場所を改装した「マルヤガーデンズ」にお店を出していて見に行ったことがあったんです。そこで嶋田さんの話を聞いていました。たぶん嶋田さんがみかんぐみで働いていた頃だったと思います。その時、あーこうやって百貨店をリノベーションすることができるんだなと思いました。

僕の中で、嶋田さん→マルヤガーデンズの設計担当者→マルヤガーデンズはもともと鹿児島三越(百貨店)のリノベーションとつながり、これは嶋田さんに相談してみよう! と。笑

嶋田 そういう経緯だったんですね。「JOIN083」のお話をお聞きした時はまだ僕も北尾さんに直接お会いしていなかったように思います。オンラインで何度かお会いしていて、下関でのリノベーションの仕事が始まるくらいのタイミングだったんじゃないでしょうか。

プロポーザルの方は提出をしていて、あとは結果待ちのタイミングだったと思うのですが、北尾さんから大丸下関店のフロアの一部を借りてコワーキングだったか、創業の場所だったかを作りたいと、フワッとしたオーダーを聞いた気がします。

鹿児島で「マルヤガーデンズ」を僕が担当した時も、テナントがなかなか決まらずフロアが埋まらないので、買い物のためにデパートに来る人以外の人たちをどういう風にしたら呼び込めるか、当時計画に関わっていた人たちですごく考えて、その時に「ガーデン」という各フロアにコミュニティが生まれる場所をつくっていくことにしたのです。各フロアに10坪ぐらいの滞在ができる場所をつくり、ギャラリー的な展示をしたり、ワークショップができたり、コワーキングやプチショップができるようにしました。

コンテンツが入らず空洞化している地方デパートにおいて、コミュニティの場所をつくって、買い物に来る人以外の人たちが来れるようにすればよいという、理論上のアイデアは持っていたものの、利益を生まない場所をつくるのは実際はなかなか難しいので、できる人っていないんだろうなと思っていた中で、北尾さんの話を聞いた時、「本気でやろうとしている人がいた!」という感じでした。下関市からの委託業務もやりつつ、さらに自分でリスクを取って踏み込んだことをやろうとしているスタンスに共感したのです。百貨店のリニューアルは通常、人が来なくなっている状況をどうできるかという根本的な課題に向き合わず、内装に何千万円もかける発想にしかならないので、それには少しうんざりしていたのですが、北尾さんがご自身のビジョンを持ってやると言っているので、お手伝いしたいなと素直に思いました。

北尾 ありがたかったです。何をどうすればよいか分からず、とにかく大丸下関店の一角を借りてやりたい自分の考えをお話ししてみました。場所をつくるにあたっては内装設計を考えてくださるのかと思っていたのですが、嶋田さんの口から出てきたのは、「建築コンペにしましょう!」との提案。驚きましたが、その理由や狙いを伺って是非やってみたいと思いました。

嶋田 通常の設計事務所であれば、うちで設計監理をしましょうとなると思うのですが、このプロジェクト自体が大丸下関店(旧下関大丸)の再生計画の一端であること、地域の創業支援をしている人たちがコワーキング的な場所ををつくるということなので、発信力を高めないといけないと思ったんです。とはいえそんなにお金をかけることもできないので、この場所をプロモーションの一環として考え、でき上がる様をインパクトある発信にしていく必要があるなと。

そう考えると「らいおん建築事務所が設計しました」ではニュースとして弱いなと思ったんです。予算が限られている中でつくるのも、建築的な工事に頼らず、DIYをすればなんとかなるのではないかと思いました。

なので、若くて駆け出しの建築家が勝ちたくなるコンペをやるのがよいと思ったんです。経験がない部分やコストがかかりそうなところなどは僕らがサポートして納めて無駄なB工事が発生しないように落とし込む。そういう風に考えました。

若手の建築家に機会を与えるかたちで、コンペにしましょうと北尾さんに提案させてもらいました。

参加したいコンペかどうかを検討する重要なファクターは審査委員なんですよね。そこに憧れの建築家がいると若手は燃えるし、あとはできるだけオープンに審査されている感じが大切だろうなと。実際に公開コンペとして、審査委員は下記の構成にしました。

北尾 洋二 (株式会社リージョナルマネジメント/審査委員長)

瀬川 翠 (株式会社STUDIO TOKYO WEST)
福井 信行 (株式会社ルーヴィス)
吉田 悟 (株式会社ものばんく)
嶋田 洋平 (株式会社らいおん建築事務所)
前田 晋太郎 (下関市 市長)
田中 儀和 (大丸下関店 店長)

北尾 コンペを開示して、地元で3、4社ぐらいが出してくれたらよいなと思っていたのですが、問い合わせが100件以上きて、パンク状態でした。

嶋田 僕は審査委員と勝った時の設計料の設定から、4、50は応募がきてくれると思っていました。駆け出しの建築家には絶対出してもらえる立て付けになっていたと思います。自分が25、6歳の建築家だったらという目線でいろいろ考えました。

北尾 コンペはコロナど真ん中だったこともあり、なかなかリアルが難しい時期だったので、ほぼほぼオンラインで行ったんです。現地説明会も、僕たちのスタッフがカメラを持って現場を写しながら説明しました。リアルが難しかったが故の対処で、かつ今はそれほど珍しくないかもしれませんが、100人以上の人たちにライブカメラで現場を案内するというのは、当時としては先進的かつ画期的な取り組みで面白かったですね。

       
(コンペ後の大丸松坂屋百貨店 大丸下関店の方と北尾さまとの記者会見 の様子:写真提供 JOIN083)

このコンペにおいて僕たちが大切にしたのは、オンラインであったとしても、コミュニケーションに重きを置いて、ハートウォーミングな部分をできるだけ意識したことでしょうか。それをどう可視化できるのか。人が集まることができない中でも、リスクをとってスタジオから情報発信をしていく。応募者のみなさんにも、集まる場所をどうつくってもらうかを問いつつも、コロナ禍のリスクをどう回避できるのかも求めましたし、そこは矛盾もありつつ、でも人間の本質的なコミュニティやつながりをどう考えていくのか。そこの部分はより深く求めていた気がします。

最終的に選ばれなかった人たちが、大丸下関店のコンペに出したということをさまざまなかたちで記録として残し、発信してくださったので、このプロジェクトにステイタスを感じてくれていたのだなと。それも嬉しかったですね。

嶋田 コンペのプロセスについてですが、まず応募された37点の中から最終的にプレゼンテーションしていただく提案として11点を選びましたよね。

北尾 はい。本当は一桁、8点ぐらいに絞りたかったのですが、11点があまりにバラバラな提案で絞りきれなかったです。

嶋田 話を聞いてみたかったんですよ。で、オンライン審査会を開いてYouTubeで発信した。デザインという意味では素晴らしい提案がたくさんあったのですが、デパートで新しい場所になり、コミュニティが生まれ新しいビジネスが生まれていくワクワク感を考えた時に、圧倒的にゲンバカンズというチームの提案がよかった。僕と瀬川さん、福井くんの建築家3人は完全にこの意見で一致していました。でもこれは北尾さんにはチャレンジングな決断を迫りましたよね。

北尾 まさにそうですね。僕はどれでもいいなと思うくらいみんな素晴らしかったと思います。どの作品にもそれぞれの価値観を感じられましたから。どのデザインを選ぶかというより、どのアウトプットを選ぶかの違いでしかなかったなと思います。そういう中でゲンバカンズの飛び抜けた巨大な什器を設置するぐらいのスタジオという発想は、審査委員、建築家のプロの方の意見も聞く中で説得力がありました。ので、審査会なのに決断を迫られた感じでしたよ。笑
(ゲンバカンズのみなさん:写真提供 ゲンバカンズ)

嶋田 実はゲンバカンズは独立した建築家じゃないんです。建築事務所のオンデザインパートナーズに所属する若手チーム。彼らが事務所から許された自由な時間の中でコンペに挑戦して勝ち取ったので、チームとしても個人の集まりでした。それもある意味仕事を発注する上でも相当な不安要素でしたよね。

北尾 そうそう。

嶋田 そういった課題がいろいろあったのですが、提案としてはいちばん発信力がありました。

北尾 プレゼンテーションのセンスもずば抜けていましたね。

嶋田 スレてない。テクニックでいこうとしていない。嫌な大人になってない。笑 抜群でした。

北尾 再現性で考えたら、正直危ういところはあったんです。でもコミュニティという部分だったり、僕が発していることとシンパシーがあり、共感できました。彼らが出してきた「舞台は〇〇」というコンセプトにも魅力を感じました。

他の提案もかなりレベルが高かったので、選ぶことの大変さを知り、悩みましたが。

嶋田 安心感のある提案もありましたからね。ゲンバカンズに足りない現場経験やコストの収め方、技術的に厳しい部分は僕がサポートすればよいことで、若くて元気のある子たちが生み出してくれる新たなバリューを僕自身が見てみたかったし、きっとよい場所ができると思いました。

北尾 大丸の人たちからは、工期が間に合うのかとか、再現性という部分で大丈夫なのかとか、、経験値という部分でも心配されましたけれどね。

嶋田 スプリンクラーの件などではめちゃめちゃもめましたよね。その時は僕も同席して、僕が同じような経験の中で得てきたノウハウを彼らに伝授して、解決したりしましたね。

北尾 ゲンバカンズの経験のなさや再現性の弱さを嶋田さんが補ってくださっていたので、僕はそれも含めて嶋田さんにお願いしてよかったなと思いましたしなかなかリアルで集まれない中でもオンラインの打ち合わせにおいて嶋田さんがゲンバカンズに意見してくれたりして、そういうことの積み重ねが嬉しかったですね。

コンペは2020年6月22日に応募が開始されて、公開審査会が行われたのが7月31日。で、オープンしたのが10月10日ですから、半年もかけずに実現することができました。

嶋田 今思うとすごいスピード感です。ゲンバカンズ、自分たちでもつくってましたね。たぶんこれはすべてオンラインで行ったからできたと思います。コンペの開催を決めた時に時間がないなと思いながらも、オンラインだったらもしかしたらできるかもしれないと思っていました。コロナ禍で仕方なくの対応でしたが、逆の発想でそれをスピード感に繋げられたのはよかったですよね。

北尾 こんなに短い期間で出してくれる人いないんじゃないかと思っていたので、問い合わせが100件以上きたのはびっくりしました。後で聞いたのですが、コロナ禍だったので、あの時期仕事が止まってしまってる人が多かったみたいなんです。そして、コンペの様子もそうですが、工事やつくっている途中の様子も発信しました。YouTubeでゲンバカンズや西田司さんにも出演していただきましたし、ワークショップの配信もやって、とにかくつくるプロセスすべてをコンテンツとして発信しました。そういった積み重ねをオープンまでにコツコツやり続けました。(ゲンバカンズの提案)

( 施工中の様子:写真提供 ゲンバカンズ)

 

Text by Mitsue Nakamura