2023.09.22
VOICE
バングラデシュ・ダッカ南(旧市街)の都市開発に日本のまちづくりの知見をーーDHAKA CITY NEIGHBORHOOD UPGRADING PROJECT Vol.2

対談  三木はる香(世界銀行)×嶋田洋平(らいおん建築事務所)

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ーー公共という概念が存在しない都市で、公共施設をつくるために

嶋田 今回三木さんからいただいたお話しは、ダッカ・サウス・シティ・コーポレーション(DSCC)という自治体が進めている基盤整備事業のひとつDHAKA CITY NEIGHBORHOOD UPGRADING PROJECT(DCNUP)で、具体的にはダッカ旧市街の特徴的な歴史的都市空間と今も強く残る良好な近隣コミュニティを維持しながら、その地域に住む人々の現在の生活の質を改善、向上させるために20のコミュニティセンターを建設する計画です

このお話をいただいて、当時DSCCが検討していた提案も拝見したのですが、それらの計画は大都市の大規模再開発のようなタワー型の計画となっていました。上層階にプールがあるなどラグジュアリーな設定になっていて、どちらかというとアメリカや日本の富裕層に向けた都市型レジデンス開発だと感じました。ただ、それが果たして今回のダッカのサウスエリアに必要なものなのか非常に疑問に感じたのです。

僕がこのエリアの町を歩いて感じたのは、ものすごく過密で人だけでなく自動車の通行も多い。過密ゆえに場所がないので、子どもたちは交通量の多い道路で遊ばざるを得ないような環境ですそれに対してお母さんたちは子どもの安全面に不安を抱えながら日々を過ごしています。自分たち自身の居場所ももちろんないのです。

とにかく屋外の風通しがよい場所で、子どもから大人までが集まれて居心地よく居られる場所が求めたれているのではないかと思いました。

まずはいろいろとバングラデシュやダッカについての分析を行ってオンラインミーティングをしていましたが、やはり現地へ行って現状がどうなっているのかを見に行かないことには提案がつくれないと感じて、一回現地に行こうという話になり、とんでもなく暑い時期にダッカに行きましたよね。三木さんもあの時初めてバングラディシュに行かれたのでしたよね

三木 そうです。初めて行きました。

嶋田 そうですよね。ところで、このダッカ・サウスシティコーポレーションというのは、公社なのでしょうか?

三木 自治体になります。ダッカは最近、エリアを南と北に分割して開発が進んでいて、ダッカ南は旧市街が多く残るのですが、ダッカ北は新市街なので、それぞれの界隈のアーバンパブリックがまったく違います。ダッカ・サウスシティコーポレーションは旧市街を中心とした都市開発を進めています。

嶋田 北の方はファストファッション系の縫製工場などがたくさんあって、若い人たちが移っている感じですよね。

三木 そうなんです。新市街のあるダッカ北は新しい人たちが移ってこれから街ができていくという意味で期待できる部分があるなと思っています。

嶋田 なるほど。僕がダッカに行って衝撃的だったのは、世界のメガシティと言われている場所で、日本の何十年も昔の姿、光景が繰り広げられていたことでした。道路として整備されていないところ、車が一台通れるか通れないかみたいな道にも普通に車が入っていって、そこで遊んでいる子どもたちが車が通る度にワッと車を避けるように散って、車がいなくなるとまたその道路が子どもの遊び場になる。この光景を写真を撮って自分のFBに上げたら、30年前にダッカを訪れた人がコメントをくれて、「自分が30年前に行った時とまったく変わっていない」と言っていました。

そのコメントをもらって、そうかこの国は30年間変わらなかったんだと思ったんです。それには衝撃を受けましたね。道路のような場所で道を掘り起こして下水管を埋めようとしている工事らしき跡はあるのですが、どうも途中で止まったままになり、下水管が道に放置されている、そういった場所がそこここに見られて、驚きました。

そういうことが巨大な都市になった今でも起きている。それと現在建っている公民館も視察に行ったのですが、一見建物はしっかりしている感じなのですが、中は酷くて、異様な臭気が漂っていました。古いわけではないと思うのですが、廃墟レベルが尋常じゃない。
(ダッカの街の様子:撮影 嶋田洋平)

三木 完全に基盤整備が追いついてないですよね。

嶋田 基盤整備の問題なんでしょうか。僕が感じたのは、廃墟になる時、たとえば日本の公共施設が廃墟化していくのは、周辺の人口が減ってしまって賑わいがなくなって使うモチベーションがなくなるので利用頻度が減って使われないまま古びていく状態なのだけど、ダッカの場合は利用する人自体はめちゃくちゃたくさんいるのに、そもそも大事にされていない感じ。

汚くて巨大なゴミ置場のようになってしまっています。ちょっと衝撃的でしたね。民度なのか、文化的な認識の成熟度がまったく追いついていないのか。周りの建物に比べればかなりきちんと建てられている建物なのに、施工品質はめちゃくちゃ。箱はつくられたけれど、中の運営はどうなっているのでしょうかね。そこに運営が入っている感じはまったくしませんでした。もちろん管理されている感じも。ホールに使われていない巨大なゴミがゴロっと放置されていましたもんね。

三木 公共施設の概念も日本のそれとは異なるのでしょうね。

嶋田 三木さんは実際にダッカに行って現場を見てどんなことを感じましたか?

三木 とても懐かしい感じがしました。ダッカの場合は「公共」がまだまだ小さくて、日本の何十年も昔のありようがそこにある感じがあり、公共のあり方を模索中だと思います。そんな状況からのスタートであることを改めて認識しました。

日本の場合は自治体が民間も巻き込みながらまちづくりが進行していく状況がつくられていますが、ダッカでは自治体が現在建っている公共施設を把握することから始めているイメージです。

嶋田 僕は、公共施設をこんなに誰も愛していない状態だったら、新しいものを作ってもすぐに同じことになるのではないかと思ったんです。そこはどう思いましたか?

三木 日本の私たちには馴染みがない治安問題や社会的な文脈の背景を理解する必要があると思いました。ですが、それを憂いていても仕方がないので、ハードの整備だけではなくてソフトの整備をどうしていけるかが鍵になるのではないかと。

嶋田 治安の問題は大きいですよね。現地で公民館の近所に住んでいるお母さんにインタビューをしたら、普通に家に居場所がないと言っていました。彼女の住まいを拝見すると、壁と壁のほんの隙間みたいな場所に家族5人くらいが住んでいる状況だった。子どもたちは外に出て遊べるけど、女性は危ないからそんな場所から外に出れない。家といっても僕たちが想像するような家とは程遠く、もちろん人を呼ぶこともできません。家に居場所がないから、女性だけが集まって安心しておしゃべりできる場所がほしいと言ってました。

三木 そうでしたね。

嶋田 僕や佐貫さんからすると、あれだけ高密度に人がいて、家と呼べない場所で人が生活している。それはまさにスラムに見えたのですが。

三木 あれはスラムじゃないですよ。スラムはまったく公共インフラが通ってない場所を言いますから。

嶋田 あの状況でもスラムとは言わないんですね。でも、あれだけ人の密度が高い場所に超高密度に建物を建てて、もっと密度を上げてさらに風通しを悪くしてしまうのは状況を悪くするだけじゃないかと思うんです。ダッカ・サウス・シティ・コーポレーション(DSCC)が考えている高層建築ではあの場所の問題を解決できないと感じました。

僕たちがこのお話をいただき、さまざまなリサーチを行い現場を拝見して、とにかく公共施設をつくるのであれば風通しのよい場であることが最も重要だと思いました。日本の広場のイメージです。かなり低層で空地を取りながら建物が存在していくのがよいよねというのが僕たちの提案です。

密度をできるだけ低くするというのは、環境的な側面のことも考えていて、今回高温多湿の地域においての環境性能も求められていたので、建物がエアコンがなくても使える快適性を持っている必要もあると思いました。そのためにも風通しよくつくるというのは必至です。

密に建てない、環境性能が高い、あとは中に入るコンテンツも女性がスモールビジネスを始められる場所とか、子どもが安全に遊べる場所とか、あとはもしかするとツーリストが来るかもしれないのでそのためのインフォメーションがあるとか。もともとあった要件を変えてしまって提案しました。
キーとしたのは以下の6つの項目です。

1. 自然エネルギーを活用した環境デザイン(Passive Environmental Design)
2. 積極的に環境に貢献する要素を取り入れたデザイン(Active Environmental Design)
3. 素材(Material)
4. 持続可能性: 将来の可能性への柔軟性(Sustainability: Flexibility for future possibility)
5.空間の魅力(Space Design)
6.防災・安全・安心(Disaster Risk Management, Safety & Security)


(DHAKA CITY NEIGHBORHOOD UPDATING PROJECTのケーススタディ)

三木 嶋田さんたちの提案は私が狙っていたひとつのゲリラ的な動きとして、高層建築がよいと考えていた現場の皆さんに刺激を与えてくれたと思います。
あともうひとつ重要だったのは維持管理のあり方ですよね。まずは掃除から始めていきましょうと。初期投資にも維持管理にもお金がかかるよと。つくることに取り掛かる前にそのことを考えた方がよいという提案も現地にはない考え方だったと思います。いつぐらいのタイミングから何をしたらよいか、それを書き出したりしましたね。

嶋田 はい。つくったら維持することにお金がかかるという認識を持ってもらうことはとても大切ですから。そのことを提案の中でグラフで示してお伝えしました。こういう考え方は日本の不動産管理のあり方としては普通のことなんですけどね。

三木 まだまだ目新しそうでしたね。

嶋田 だから廃墟になるんですよね。

三木 私たちの仕事として、投資するための計画をつくるところまではできるのですが、そのあとのことまでカバーしきれない場合が多いんです。今後はこのことはすべての課題になっていくので、嶋田さんたちが提案の中で維持管理のことについてきちんと示してくださったのは私にとっては大きな気づきでした。すべて維持管理に始まり、維持管理に終わる。今回のプロジェクトの教訓です。

嶋田 僕たちの提案でもうひとつ大きな軸は、全部の公民館を同じ機能とするのではなく、それぞれの地域に合わせた機能を持たせてその場所に特化したものとし、それらのいくつかがネットワークを組んでひとつの公民館として機能する。ひとつの建物で完結せず、人の移動が起きて面的な広がりをつくることで都市の中に今までとは違う目的を持った人の動きが生まれる、そんな役割を公民館が担うとよいなと思っています。これは日本でもできていないあり方なので、とても新しい考え方だと思いますよ。アメリカのNYの図書館ではこういったことができているので、もしかすると今後展開されていくかもしれません。今のバングラデシュは右肩あがりの経済成長と人口増でそこまで考える余裕がないように思いますが、公共という考え方をどう認識してもらうのか、建物のあり方がそこに繋がるとよいなと思います。

  (DHAKA CITY NEIGHBORHOOD UPDATING PROJECTのケーススタディ)
(対談写真撮影:丹下恵)

Text by Mitsue Nakamura