2022.07.01
VOICE
地域の課題とローコストを解決する設計と構造のアイデア ─ 地域滞在交流施設「オガールベース」vol.3

地域経済に貢献し、将来的なニーズも踏まえた建築へのこだわり

嶋田:あとテーマになったこととして、大規模木造建築を地域内の施工者で施工できるように考えないといけなかったですよね。それにあたり構造的に工夫・配慮していただいた点はどの辺になりますか?

木下:大規模木造は割といま選択肢があるのですが、地域内の施工者に施工していただく方法としては大規模木造を開発しているメーカーが開発した特殊な工法を使う選択肢があります。紫波庁舎はそういった工法を使っていたと思います。

嶋田:認定工法のようなものですか?

木下:そうですね。そういう工法を使うとできなくはないのですが、コストが高くなるのと、施工費の相当な割合がどうしても外部に回ってしまいます。そう考えると、地域内の職人さんが施工できる一般的な工法、木造でいうと在来軸組工法で施工できることが必須です。なのでその工法に落とし込んでいく工夫をしました。あともうひとつは使う材料は地域内材料にすること。岩手県だと手に入るのが柱だとスギ、梁だとカラマツなので、それを使うことを前提に構造設計をしていきました。

嶋田:つまり住宅レベルの構造でつくるということですよね。それからもうひとつ難題だったのが、1階はテナントが入る商業空間、2階はホテルなので小さな個室が並ぶ。RC造だと全然問題ないと思うのですが、今回木造でしかも住宅のように作ろうと言っていたので、筋交や耐力壁が至るところに出てきてしまうことをどう解決するか、頭を悩ませましたよね。
構造の打ち合わせをした時に、「そんなことになってしまうのかー!」と改めて気づいたのを覚えています。

木下:在来軸組工法って住宅をベースにできていますから、住宅は部屋が小さくて壁が多い構造を前提としています。そうすると部屋割りが多くて、壁が多いものが地震力をしっかり負担できるのですが、この建物の場合、1階がホテルのロビーやテナントで壁が少ない。2階は逆に壁が多く出てくるので、構造としてあってほしい構成とは逆の壁配置をしなければなりませんでした。
それから、岡崎さんから将来的に事業転換することができるように、2階の客室間の間仕切り壁は取り払っても成り立つようにしてほしいとお話がありました。

嶋田:それはたぶん僕が言ったんだと思います。僕がその当時リノベーションの仕事をたくさんやっていて、なんでこんなところに壁があるんだよ?!という建物に大量に遭遇し、つくる時に将来の可変性を考えていない建物が多すぎることに憤りすら感じていたんです。
最初にあまり新築をやりたくない気持ちもあったのですが、もし建てるとしたら、将来リノベーションやコンバージョンをしやすい建物にしたいなと思って、いまはホテルだけど将来オフィスや違う用途でも使えるように、2階もできるだけ耐力壁を入れないようにしたいと岡崎さんに話をしたんです。

木下:それを構造で解決しようとすると、在来軸組工法で建物の外周と階段室だけに耐震要素を配置して成立させるのは不可能でした。じゃあどうしようか、というのが最大の課題だったと思います。
木造の架構形式はいろいろありますが、ある程度規模が大きい建物の時は筋交いを入れたり、ラーメン構造、混構造などいろいろ選択肢はあるものの、ホテルの客室に開口部が必要なので、筋交いを入れると干渉してしまうので合わない、ラーメン構造は認定工法を使わないといけないなど制約が多くなり鉄骨造に近いコストになるので現実的ではない。混構造についても同様にコスト的に難しかったのですが、選択肢としてはそこしかない感じで話をしていた時、嶋田さんが「混構造の立ち位置は取りながら、RC部分が多くなると高くなるから、RCをちょっと混ざるぐらいでできない?」と割と軽い感じでおっしゃったんです。
その軽いトスに対して、それは構造では難しいと説明するために、木造の柱にRCを挟んで一体化するような構造をスケッチで描いて説明していたのですが、描いているうちに、あれ?これでいけるかもしれないなと思い始めて。笑

嶋田:僕的にはそれそれ、これでいいんですと思って見てました。構造っていつもマッチョだと思うんです。いいだろーみたいな。僕は逆で、できたものを見た時に力が抜ける感じが好きです。え、これでいいの?みたいな。常識だと思っていたことが覆される、なんだこんなのでよかったんだと思ってもらえたら、自分としてはよいアイデアだったなと思います。

木下:事務所に戻ってすぐ解析モデルをつくって、予備解析をしてみたんです。いちばんネックだと思っていた剛性率(上下階の剛性の差が出すぎないように定められた建築基準法の規定)を計算してみたら、なんとギリギリ収まる。いけるかもしれないと思って、細かいスケッチを描いて送り返しました。それが櫛型耐震壁です。

           

嶋田:僕的にはそれができると壁が極限まで減るのと、基礎のコンクリートを打つのと同じ感覚で耐力壁ができると思ったので、地元の基礎屋が配筋してコンクリート打って、そこに木造の建物が建てられる。この気軽さは住宅を建てるのと同じだし、コスト的にも相当メリットが出るなと思いましたね。

木下:1階のRCは片持ちの柱なので、結果的に柔らかい片持ちの柱が木の柔らかさと調整が可能だったんですよ。

嶋田:なるほど、逆にRCの片持ちを極力柔らかくつくったっていうことですか?木と同じくらいに。

木下:そうです、その剛性に調整していきました。

嶋田:なるほど、かなりの発見。この前、木造のフォーラムでこのプロジェクトを話したのですが、その時の委員長の先生が櫛型耐震壁はすごいと言って感動していました。大発明だと。

木下:ありがたいです。いろいろな人から特許は取らないんですか?と言われましたね。

嶋田:これがよいのは、窓の配置ができることですよね。ホテルの小さな窓も配置できました。

木下:櫛型耐震壁について少し具体的に説明しますと、製材した柱を立てて、その間に鉄筋を組んでコンクリートを流し込み、コンクリートと木が交互に並んでいるので櫛型耐震壁と呼んでいます。
構造の機構としては、1階の地震力をRCの壁柱で受けて、2階については集成材の柱が水平力を負担するという、力学的にいうとものすごく単純で、片持ち柱が立っているだけの構造です。在来軸組工法は耐力壁、壁が地震力を負担するのですが、一般的には壁倍率で耐力壁の強さを評価していて、壁倍率は1倍から多くて5倍までの耐力壁が一般的です。
今回の櫛型耐震壁は、1階RCの負担している部分で35倍相当、2階で15倍相当の強度になります。一般的な壁の最高倍率に比べて、7倍から3倍くらいの地震力が負担できる。逆にいうと必要な壁の長さを1階では1/7、2階では1/3まで減らせるということです。

嶋田:要はこれは、1階は櫛型耐震壁を用いることで、ほぼ鉄筋コンクリート造になったということでしょうか?

木下:そうですね。実際確認申請上はそうなっています。

嶋田:すごいよ、これだけ木が入っているのに。さきほどの話で、僕からの気軽にできないの?との話に、できませんと言うつもりで話していたら、だんだんいけるかもしれない可能性を発見できたという話はエポックメイキングだと思っていて、みかんぐみ時代を思い出しました。当時、金箱さんと構造の打ち合わせをしていて構造の提案を求めると、3分間ぐらいだまってしまうんです。それを僕らは金箱タイムと呼んでいましたが、あれ考えていらっしゃったんですよね。物性などから判断するというより、エンジニアリングの右脳、いけるかもの直感があると、面白いものができると思います。

木下:そうですね。建築家が構造設計者に投げるボールもど真ん中だと普通のものになりますけど、今回は取れるか取れないかぐらいのぎりぎりのところに投げられたボールを取って返せた感じのやりとりだったのかなと。

嶋田:この時の木下さんの頭の中は、RCの剛性を落としていけば、合うからいけるかも?という感じだったんですか?

木下:そうなんですよ。これ1階の階高が商業施設で割と高かったんです。なのでRCの柱を長く細くすれば相対的に剛性が落ちていくなと思いました。ただ途中減額の段階で1階の階高が下がったんですよね。マズイと思いましたね。

嶋田:下げましたね。僕はさらに建物を小さくしようとしたんですが、結局はこの構造を成り立たせるという観点からやめましたね。絶妙なバランスだったと思います。この構造ができたことで、2階の耐力壁が激減し、かつ1階の耐力壁も減りました。

木下:そうです。図面でみると壁がいっぱいあるように見えますが、普通の木造は住宅の木造を基本とするので、6畳、8畳、10畳ぐらいの空間を壁で仕切りまくるのが在来木造の考え方です。その考え方からすると、これはスカスカで、外壁部分と階段室部分だけを壁にすることができました。かなり少なくて、当初の外周と階段以外に耐力壁を入れないでくださいというリクエストを達成できました。これが東棟。西棟も同じシステムでつくって全体の架構を構成しています。

嶋田:この構造はほかのプロジェクトで応用されたりしましたか?ぜひしてほしいんですけど。

木下:ひとつ応用させていただきました。東京都内の幼稚園の保育ルームのプロジェクトなんですが、これは櫛型耐震壁を使っているのと、在来木造で使う断面120mm角とか105mm角の中に櫛型が入れ込めるかを試みました。

嶋田:すごい、細い!

木下:これははじめて使ったパターンですが、RCの壁柱が1階にあって、その上に梁があって、直上に木造の耐力壁がそのまま乗っかっているという組み合わせ方も発展系のバージョンとしてつくりました。この保育ルームは通常の住宅で2階に乗っている部分があって、いわゆるオガールベースで採用した櫛型耐震壁は遊戯室が2階に乗っていますが、その部分は大空間で高耐力にしたかったので櫛型耐震壁にして全体の架構をつくりました。

嶋田:住宅もこれでつくれますね。スカイハウスみたいな住宅がつくれそう。

木下:なるほど。将来的に改修したい時には壁を全部とっぱらうということができますから、可変性の大きな住宅ができますね。

嶋田:オガールプロジェクトは、当時は駅前の開発が成り立たなかった町有地をなんとか公民連携で開発できるように持っていこうとして始まったんです。なので駅前とはいえまだその場所自体の価値があまりなくて、オガールベースのプログラムはホテルじゃないと成り立たないという判断があったと思うのですが、施設ができて土地の価値が上がってくると、周辺の街自体の活気が出てきて、オフィス賃貸としても成り立つような賃料が実現する可能性があるなと思っています。
僕らはその10年後、20年後というのをイメージしていたんですよね。ホテル部屋を2室分合わせた空間が店舗になっているとか。そういう可能性が十分あり得るなと。そうなったら面白いなと思います。

木下:なるほど、次があるわけですね。

嶋田:そう思っています。 今日はいろいろと当時を振り返ることができ、よかったです。木下さんありがとうございました。建物って僕たちの仕事は以前はつくったら終わりということが多かったと思うんです。つくるところまでのかかわりが深くて、その後どうなっていくかはコミットしない。入る人たちが考えていく。
でも最近はそれではだめだよねという風潮があって、つくられたあとの将来性は本来建築家やエンジニアが考えるべきだと思うんです。つくるまでの時間より、使う時間の方が圧倒的に長いんですから。
それをきちっと知ってコミットできるのは大事なことだと思います。幸いにもオガールベースはさまざまなメディアに取り上げられ、東京オリンピックの時に海外の選手が合宿場所として使ったりもしました。できてからきちんと使われているのってよいなと思います。東京からプロのバレーボールのチームが合宿にきて、紫波町で子供に教えたりする。岡崎さんはスポーツでまちづくりしたいとずっと言っていて、僕たちもそれを陰ながらサポートしたプロジェクトだったんじゃないかなと。

木下:僕にとってもこの作品は転換点になったと思っています。さきほど言ったように建築をつくるのはかつては建築家の先生がいて、その方がつくりたいものををトップダウンでつくっていく感じでしたが、切実に建物が必要な人たちがいて、そのコスト含めていろんな事情がある中で、それを実現させるためのエンジニアリングというのは、それまでやってきた技術の使い方と違うものだったので、僕の中での考え方の転換点になったなと思います。

嶋田:あそこで子供たちがバレーボールをしているといいなと思いますもんね。なのでこれからもオガールがよりよい場所になって、さまざまな使い方がこれからの時間の中で生み出されていったらよいなと思います。またこういう仕事ができたら嬉しいですね。

Text by Mitsue Nakamura